こんにちは、けんたです。ポリヴェーガル理論。聞き慣れない方も多いかと思いますが、今われわれの業界ではトラウマセラピー(SE:ソマティックエクスペリエンシング)の流れもあり、めちゃくちゃホットな理論になっております。今回は、日本に帰ってきてまず最初に読んだポリヴェーガル理論の本ということで、こちらをまとめていきます。それでは、どーぞ!
書籍情報

まずは書籍の基本情報から
・タイトル:我が国におけるポリヴェーガル理論の臨床応用〜トラウマ臨床をはじめとした実践報告書〜
・著者:花丘ちぐさ 編著
・出版社:岩崎学術出版
・読了日:2026年4月
・ジャンル:専門書 心理学
書籍のより細かい情報は下記からもどうぞ
本書を手に取ったきっかけと本の印象
実はトラウマ技法のソマティックエクスペリエンシング(以下、SE)という技法を身につけるべく3年間の継続研修を受けていたのですが、その時に知り合った先生や先輩、同期が執筆しているので、これは読まんといかんというのがきっかけです。また日本に帰ってきてから臨床(カウンセリングの)感覚を取り戻さなきゃ! という想いもあり、この本を手に取ったのです。
読んだ印象です。大人数で分担して執筆している書籍なので、ポリヴェーガル理論の基礎的な内容などについては重複して説明されているようなところがあります。が、逆にいうとこれからポリヴェーガル理論を学ぶぞ! という人にとっては繰り返し基礎的な内容が出てきたりするので内容が定着しやすいかもしれません。構成としては領域ごとに各論になっているため、興味がある領域だけ読むということもありだと思います。
とはいえ、仲間たちが書いているので、その人の顔や雰囲気を思い出しながら読み進めるというなかなかできない味わい方をさせてもらいました。
本のあらすじと概要
各専門分野の研究者・専門家、そして臨床家がそれぞれの領域におけるポリヴェーガル理論の臨床応用について報告している実践書です。その領域は、精神科医療、教育・発達支援、福祉、哲学、そしてポリヴェーガル理論が多大な貢献を及ぼしている性被害者支援まで幅広く収められています。
各領域の専門家が、限られた紙面の中で端的に臨床現場の実践報告をしており、さまざまな現場におけるポリヴェーガル理論の使い方、応用可能性について展望を覗き見ることができる書籍となっています。
心に響いた一節・箇所
読んでいて、唸った箇所を三つ紹介します。文章を引用したのち、それについて所感を書いています。
教育現場におけるポリヴェーガル理論
<闘争/逃走反応が作動しやすく完了しにくい問題(現在の学校環境を考える)>
校舎の中で過ごすこどもたちは、社会的関与システムが必ずしも機能しない環境の中で、大量の学習課題と数値による評価、閉鎖的集団内でのこども同士の関係、教員との関係などによって、日常的にストレスを受けることになる。そこでは、野生動物に襲われていた時代と変わらない闘争/逃走反応が生じる。
問題は、この闘争/逃走反応が、筋肉活動による運動を目的としているところにある。現代の学校においては、環境に反応して動くことが自然な、人間の動物としての側面は大きく規制される。「安全」の確保のために重要な意味を持つ、他者との距離をとる自由も大幅に制限されている。その中で、「危険」のニューロセプションが起こり、闘争/逃走反応が発動しても、その本来の目的である筋肉を動かして「逃げることも」も「闘うこと」も許されない。交感神経系の緊張は、進化の想定よりもずっと長く持続し、心身の安定を損なうこととなる。つまり、現代の学校において、闘争/逃走反応は、起こりやすく、なおかつ完了しにくいのである。 p55 花澤寿
花澤先生の一節。現代の学校教育。もしかしたら昔の学校教育の方がひどかったかもしれなくて、現代は以前に比べると多少は改善しているのかもしれません。この章では、教育現場という環境をポリヴェーガル理論から捉え直しています。頭ごなしに怒鳴って怒り倒し、逃げることもできなければ戦うこともできないという状態は自然界の中では「死」に限りなく近い状態です。そんな中では人間は背側迷走神経側の反応、つまりフリーズするという形で反応せざるをえません。この背側での対応は逃れようのない死の恐怖から生き残る最後の手段としてのフリーズなのでストレスレベルとしてはものすごい高いという理解でいいかと思います。
そして、自分が思ったのは現在のモンスターペアレントと言われる親御さんたち。この親御さんたち、見方を変えるとある意味学生時代のトラウマ体験を克服しようとしているような気がしなくもない。つまり、自分たちが受けてきた上記のような、時に理不尽だった対応がトラウマとして体に残っており、それが自分のこどもが学校に行き再度「教師」というトラウマの対象に出くわした時にあの時に怒れなかった(戦えなかった)衝動が体から湧き起こり「怒り」の表出ということで体がその衝動の発散を求めているという考え方もできるんじゃないかな?と思いました。
体に刻まれるトラウマの記憶
近年、トラウマの記憶は体に刻まれるという概念が普及してきている。PTSDの診断基準を満たさない人で、通常の生活に支障がなくても、衝動を受けるなどのきっかけによって、トラウマの記憶が賦活化されると、闘争逃走や凍りつききなどに陥ることもある。この場合、「それは昔のことだ」と言って認知に働きかけても、効果はない。過去のことであるのを最もよく理解しているのは本人であり、こうした言葉がけは、たとえ善意であったとしても、「立ち直れな自分が悪い」と、クライエントにスティグマを与えてしまう可能性がある。 p139 花丘ちぐさ
これは覚えておきたい部分。トラウマの記憶は一般的な記憶の仕方と異なると言われています。自分はドライブレコーダーの衝撃記憶(衝撃を受けるとそこだけ特別に録画されて消去されない機能)に近い感じがありますが、トラウマを受けるとハイライト的に別経路で記憶されるという仮説があります。また、脳機能としての記憶だけではなく、体験として身体が覚えており、故に「認知」だけに働きかけても思うような効果が得られないということ生じます。いわゆる、「わかってはいるけどできないんだよ」現象です。「電車が安全なのは頭ではわかってるけど、ドキドキして怖くて電車に乗れないんだよ。」とか、そういうやつですね。
SEを学んで何が良かったかというと、やっぱり認知だけではなく体も一緒にというか、むしろ身体からアプローチしていくことができることです。これは、SEのセラピーをやろう! という時だけでなく私自身の臨床全てに影響を与え、通常のセラピーでも「身体」を意識するようになりました。その恩恵は計り知れないものがあります。
性被害者の体験とフリーズ反応
<なぜ、被害者(性被害者)に「なぜ抵抗しなかったのか?」と聞いてはいけないのか>
捜査官は、「なぜ(そばに通行人がいたのに)助けを求めなかったのですか?」「なぜ抵抗/逃走しなかったのですか?」など「なぜ?」という非難的な質問をしてはならず、その代わりに「助けを求めようと思いましたか?」「声は出ましたか?」「身体は動きましたか?」「身体に力は入りましたか?」などと凍りつき反応を具体的に聴取していく必要がある。 p235 田中嘉寿子
ポリヴェーガル理論が最も多大な貢献をしたのが性被害者支援といってもいいと思います。レイプ被害にあった人がなぜ拒否をすることができなかったのか、また時間軸に齟齬が生じる供述が多く不利益を被ってしまっていたのか、今までは分からず被害者の方が涙を飲むことが多かったのですが、ポリヴェーガル理論がその機序をかなり明確に説明することができるようになりました。
そして、司法現場での聞き方。この一節はなるほど〜!という気づきが強く印象に残ったのでここで紹介。「凍りつき反応を具体的に聴取していく」というところがホッホ〜ポイントです。前者の聞き方だと、本人もわからないから答えようがないんだと思います。なぜならば、トラウマに触れるような聞かれ方をすればフリーズに入り思考は回らず、仮に落ち着いて話せる環境になっても自分自身でもなんで逃げなかったのか理解できないからです。そこに前者のような聴取をされると自分自身への自己嫌悪へと繋がっていくと思います。一方、後者の聞き方だと「あ、あの時はとても怖くて声なんか出せなかった」「震えて体は動かなかった」とその時の身体感覚や身体の状態へアプローチすることができ、それ故にそこから出てくる思考も「なぜ?」ではなく「怖くて体が動かなかったから逃げられなかったんだ」と見事に「思考」「感情」「行動」がつながる形で理解され、正確な情報を聴取できるのかな?と思ったのです。ちょっとした聞き方の違いがその人の心理状態や語りを大きく変えるという良い例のように感じました。
まとめ:こんな人におすすめしたい
割と早い段階の初学者にもおすすめですが、ポリヴェーガル理論の基礎を一通り学んだ臨床家の人が各領域でどう応用されているのかということや、ポリヴェーガル理論の適用範囲の広さをまじまじと感じたい人にとっておすすめです。私の同期ですが、中には整体師さんがポリヴェーガル理論について応用的に使われていたりと、その有用性には非常に驚かされるものがあります。心理を学んでいる学生さんにも早い段階でポリヴェーガル理論について学んでもらうことがいいんじゃないかと思いました。
それでは、チャオ!
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