No.338 【読書記録】サピエンス全史上 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳

 進化心理学がホットな今日この頃。ベストセラー?になっているらしいこちらの「サピエンス全史」なるものを読んでみることにしました。死ぬまでに読みたい本に選出されているらしいけど、その内容やいかに!? それでは、行ってみまーす

目次

書籍情報

 まずは書籍情報から。

表紙

・タイトル:サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福
 ・著者:ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之(シバタヤスシ)訳
 ・出版社:河出文庫
 ・読了日:2026年5月
 ・ジャンル:人文科学 進化心理学

 書籍のより細かい情報は下記からもどうぞ

本書を手に取ったきっかけと本の印象

 ティックトックか何かをみていたら面白い本紹介で流れてきた本。どうやら結構ヒットしているらしいということと、いま自分の関心が進化心理学に向いていることもあり読んでみることにしました。

 読んだ印象ですが、確かに面白いしヒトに対する理解は深まると思います。ただ、ちょっと文章が冗長な印象もあるかな?という感じ。途中、具体例を繰り返すことが繰り返され、ちょっともういいよとサラッと読み進めるところもありました。個人的には前半の方が面白かったかなという印象です。それでは、内容に入っていきます。

本のあらすじと概要

 ヒトがどのように誕生し、進化してきたのか。ホモサピエンスだけではなく、過去地球上に存在した人類種の歴史を追った本。なぜ、現在は我々ホモ・サピエンスしか存在しないのか?唯一生き延びた人類種は特異であり、それをもたらしたものは「認知革命」にある。すなわち、具体による思考から抽象的な思考が可能となった言語の発達、そして神話という虚構の創造。これがホモ・サピエンスがこの世界を支配するに至った直接的な理由。

 そんな、ホモサピエンス、つまり我々は農業革命から産業革命へと大きな変化を成し遂げてきたわけだが、果たしてそれはより豊かになっているのか、それとも自分自身を家畜化し小麦に支配された生活を強いられているのか。。。ヒトとはなにか?進化の先にあるものとはなんなのか?考えさせられる一冊。

キーワードの説明

 今回の書籍のキーワードを紹介します。ここで紹介する言葉は、内容を理解する上で重要な用語に加えて、自分の中でのおさらいの言葉(内容的にはさほど重要でない語)も含みます。

認知革命 p46~

 認知革命とは、7万年前から3万年前にかけてみられた新しい意思疎通の方法のこと。それ以前の思考は具体的な言葉に終始していたが、認知革命により「ないもの」について語ることができるようになり、虚構を作り出すことができるようになった。これが、ホモサピエンスが世界を席巻するに至った要因である。

 つまり、以前の意思疎通や動物たちのコミュニケーションは「あそこにライオンがいる。気をつけろ」ということを伝えることはできるが、「もうライオンはいなくなったから大丈夫だ」ということは伝えられない。

他のポイント

1:虚構を語る能力

 今説明した通り、ホモサピエンスは目の前に存在しないものを(神、国家、法律、株、お金、会社、守護霊や精霊など)について語り、それを信じること、または信じさせることができるようになった。

 ⇨これにより、見知らぬ他人同士でも「同じ神」「同じ法律」を信じていれば、何万人という規模で協力し合えるようになる。

*ex) チンパンジニーに「死後、天国で美味しいバナナが無限に食べられるから、今のバナナを俺にくれ」と言っても通じませんが、人間はこの「虚構」の物語によって、大きな組織を動かすことができるようになった。

2:噂話(ゴシップ)による結束 p48

 我々の言語は、噂話のために発達した。我々は社会的な動物であり、我々に取っての社会的協力は、生存と繁殖の鍵を握っている。つまり、自分たちの集団の中で誰が誰を憎んでいるか、誰と誰が寝ているか、だれが正直で、誰がズルをするかを知ることが重要。

 ⇨誰が仲間として相応しいかを知ることで、より強固で複雑な社会集団(150人が上限)を維持することが可能となった。*社会学の研究からは、噂話によってまとまっている集団の「自然な」大きさの上限。150人を超える人と親密に知ることも、それらの人について効果的に噂話ができなくなる。

3:認知革命がもたらしたもの

 他の動物や人類(ホモ・サピエンス以外の人類)の協力体制はごく限られた身内という枠を越えられなかったのに対し、ホモサピエンスは「虚構」という共通言語を持つことで、全く知らない人とも柔軟に協力し目的を達成できるようになった(なってしまった)。

農業革命 p136

 1万年ほど前に起きた動植物種の生命を操作することに、ホモ・サピエンスがほぼ全ての時間と労力を傾け始めた認知革命に次ぐ、第二の革命。以下、AI中心に一部修正加筆(時間が惜しくなったため)

1. 「小麦」による人類の家畜化

「人間が植物を栽培化した」のではない「小麦が人間を操作した」 のである。

  • 小麦の生存戦略: 本来はただの野草だった小麦が、人間に面倒を見させることで、世界中にその生息域を爆発的に広げることに成功した。
  • 人間の代償: 狩猟採集民時代よりも、腰痛、関節炎、栄養失調、そして過酷な労働に悩まされるようになりました。

2. 「贅沢の罠(ラグジュアリー・トラップ)」

農耕を始めた当初、人間は「少し多めに食料を蓄えれば、将来が楽になるはずだ」と考えたが、現実は。。。。

  • 人口爆発: 食料が増えると人口が増え、増えた人口を養うためにさらに過酷な労働が必要になるという悪循環に陥りました。
  • 後戻り不能: 一度農耕による人口増加が起きると、もはや効率の悪い狩猟採集生活には戻れなくなってしまったのです。

 ⇨これって、ずーっと繰り返してません?電気が夜を照らせば時間が増えて自由が増える。パソコンができればもっと便利になる、メールで通信ができればもっと余暇の時間ができる、、、携帯があれば、、、全部自分たちの首を絞める結果に・・・?「贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる(p153)」

3. 「定住」が生んだ負の側面

農業革命によって人々が一定の場所に定住し、所有権という概念が強まると、社会構造が劇的に変化た。

  • 未来への不安: 狩猟採集民は「今」を生きていましたが、農耕民は「来年の収穫」を心配するようになり、将来への不安が常態化しました。
  • 想像上の秩序: 大人数を統治するために、国家、階級、神権といった「想像上の秩序」がより精緻(せいち)に作り上げられました。
  • 争いの勃発:より植物の生育が良い土地を巡って、蓄えを巡って争い(戦争)が起きるようになりました。

農業革命の結論

ハラリ氏によれば、農業革命は「種(DNA)」としては大成功(個体数を爆発的に増やした)でしたが、「個人の幸福」としては大失敗(より不自由で不健康になった)であったと結論づけられています。

つまり、人類は効率的な食料生産システムを手に入れた代わりに、自由と多様な生活を犠牲にしたということです。

認知的不協和

 レオン・フェスティンガーにより提唱。自分の考えと行動が矛盾している時、その不快感を解消しようと自分の考えや解釈を置き換えてしまう心理現象のこと。

 タバコ:「タバコは健康に悪い」⇨「吸うことでストレスが緩和されるからむしろ健康によい」

 すっぱい葡萄:手が届かないところにある葡萄 ⇨ どうせあのブドウはスッパイ

心に響いた一節・箇所

 では、ここから本書で印象に残った箇所を抜粋しながら紹介していきます。

集団での子育ての必然性と生理的早産 p28

 人間の特性として直立二足歩行が挙げられる。これには当たりを見回しやすく(索敵)、腕が自由になり、進化圧がかかったことで手先の細かい作業ができるようになるというメリットがあった。一方、直立二足歩行には欠点もある。特に女性は腰回りを細丸ことにより産道が狭まった。その結果、赤ん坊の脳と頭がまだ比較的小さく柔軟な、早い段階で出産することになる(生理的早産)。その結果、ヒトの赤ん坊は未熟な段階で生まれ、何年にも渡り年長者に頼り、食物や保護、教育を与えてもらう必要がある。
 この事実は、人類の傑出した社会的能力と独特な社会的問題の両方をもたらす大きな要因となった。自活できない子どもを連れている母親が、子どもと自分を養うだけの食べ物を1人で採集することはほぼ無理だった。子育ては、家族や周囲の人の手助けを絶えず必要とした。人間が子どもを育てるには、仲間が力を合わせなければならないのだ。したがって、進化は強い社会的絆を結べるものを優遇した。その上、人間は未熟な状態で生まれてくるので、他のどんな動物にも望めないほど、教育し、社会生活に順応させることができる。ほとんどの哺乳類は、釉薬をかけた陶器が窯から出てくるように子宮から出てくるのに対し、人間は誘拐したガラスが炉から出てくるように子宮から出てくるので、驚くほど自由に曲げたり伸ばしたりして整形できる。だから今日、私たちは子どもをキリスト教徒にも仏教徒にもできるし、資本主義者にも社会主義者にも仕立てられるし、戦争を好むようにも平和を愛するようにも育てられる。

 人間の進化の特性と視点の直立二足歩行から、それによる生理的影響、そして社会性へとこの短い文章の中に一連の進化がギュギュッと詰まっている意味で非常に興味深い内容。そして、集団での子育てがデフォルトとなっている我々の生活ですが、ここ数閏年でそれが大きく破綻しているわけですよね。核家族となり地域との繋がりがうすまり集団での子育てなんてほぼ失われている感じですね。さらに子育てする両親が共働きって、この先どういうふうに変わっていくんでしょうか。興味深いです。

人類が頂点に立った年月の短さとその代償 p30

 ホモサピエンスは食物連鎖の注意に位置し、常に捕食者に追われてきた。約40年前になってようやく、人類のいくつかの種が日常的に大きな獲物を借り始め、過去10万年間に初めて食物連鎖への頂点へと飛躍したのだった。
 中位から頂点への跳躍は重大な結果をもたらした。食物連鎖の頂点にいるようなライオンやサメのような他の動物は、何万年もかけて徐々にその地位へと進化した。そのため、それらが度を超えた捕食を行わないように生態系は統制と均衡の仕組みを築き上げることができた。ライオンが狩りの技量を上げるとガゼルは足が速くなり、ハイエナは協力が上手くなり、サイは一生気が荒くなった。それに引き換え、人類はあっという間に頂点に上り詰めたので、生態系は順応する暇がなかった(自分たち自身でさえ)。~中略。ヒトはつい最近までサバンナの負け組だったため、自分の地位についての恐れと不安でいっぱいで、そのためなおさら残忍で危険な存在となっている。戦争から生態系の大惨事に至るまで歴史上の多くの災難はこのあまりに性急な飛躍の産物なのだ。

 自然の流れの中においてホモサピエンスの進化が非常に短い時間で飛躍的に頂点に立ったというのは新しい視点でした。それにより、自然界の調整が行われる時間がなく、負荷がかかっているというのも納得。そして、ヒトの現代的な進化はAIなどもあり、自然界を置き去りに、自分たちの体と心を置き去りに、社会性を置き去りにさらに加速的に進んでいる。そんな中我々は生きているというのも考えさせられます。

一夫一婦制は非自然的 p78

 古代の狩猟採集民の集団は、一夫一婦制の男女を中心とする核家族からなっていたわけではなく、彼らは私有財産も、一夫一婦制の関係も持たず、各男性には父権さえない原始共同体(コミューン)で暮らしていた。そのような集団では、女性は同時に複数の男性と性的関係を持ち、親密な絆を形成することが可能で、集団の成人全員が協力して子育てにあたった。男性はどれが我が子か断定できないため、どの子どもも同等に気遣った。
 (中略)そのような社会では、子どもは単一の男性の精子からではなく、女性の子宮に溜まった精子から生まれると信じられている。良い母親はなるべく複数の男性と性交するようにする。

 現代日本の離婚率の高さや虐待もろもろパートナーや子育てをめぐっての諸所の問題は、こういった自然界の流れをさからった歪みから生まれてきたものということなんでしょう。生殖の問題やSNSの炎上、ゴシップなど進化心理学的に捉えると全て連続性の上に生じているということがわかるのが面白いですね。

原初の豊かな社会 p94

 何が狩猟採集民を飢えや栄養不良から守ってくれたかといえば、その秘密は食べ物の多様性にあった。農民は非常に限られた、バランスの悪い食事をする傾向にある(炭水化物中心)。(中略)。古代の狩猟採集民は、平素から何十種類もの食べ物を食べていた。そのおかげで、古代の狩猟採集民族は必要な栄養素を全て確実に摂取することができた。〜。
 古代の狩猟採集民は、感染症の被害も少なかった。天然痘や麻疹、結核など、農耕社会や工業社会を苦しめてきた感染症のほとんどは家畜に由来し、農業革命以後になって初めて人類も感染し始めた。犬しか飼い慣らしていなかった古代の狩猟採集民は、そうした疫病を免れた。また、農耕社会や工業社会の人の大多数は、人口が密集した不潔な永続的定住地で暮らしていた。病気におtって、まさに理想の温床だ。一方、狩猟採集民は小さな集団で動き回っていたので、感染症は蔓延のしようがなかった。
 健康に良く多様な食物、比較的短い労働時間、感染症の少なさを考え合わせた多くの専門家は、農耕以前の狩猟採集社会を「原初の豊かな社会」と定義するに至った。

これもなるほどーっと納得の内容。原初の豊かな社会とはなかなか鋭い定義だなと思いました。ただ、この先に描かれてますが、これは理想とするものではなく、欠乏と苦難に満ちた生活でもあったわけです。

性差別 生物的な規定と文化的な規定 p245

 どの男性のものでもない女性を強姦するのは、犯罪とは全く考えられなかった。人通りの多い道で落ちていた硬貨を拾うのが窃盗と考えられないのとちょうど同じだ。また、夫が妻を強姦しても、罪を犯したことにはならなかった。それどころか、夫が妻を合強姦しうるという発想そのものが矛盾していた。夫ならば、妻の性的支配権を完全に掌握していて当然だったからだ。したがって、夫が妻を強姦したというのは、自分で自分の財布を盗んだというのと同じで筋が通らなかった。〜。
 〜。実際には、母なる自然は男性同士が性的に惹かれあっても気にしたりはしない。自分の息子が隣の家の男の子と性的関係を結んだら大騒ぎするのは、特定の文化にすっかり染まった人間の母親だけだ。〜。
 生物学的に決まっているものと、生物学的な神話を使って人bとが単に正当化しようとしているだけのものとを私たちはどうすれば区別できるだろうか?「生物学的作用は可能にし、文化は禁じる」というのが、有用な経験則だ。生物学的作用は非常に広範な可能性のスペクトルを喜んで許容する。人々に一部の可能性を実現させることを強い、別の可能性を禁じるのは文化だ。生物学的作用は女性が子どもを産むことを可能にする。一部の文化は、女性がこの可能性を実現することを強いる。生物学的作用は男性同士(女性同士)がセックスを楽しむことを可能にする。一部の文化は男性がこの可能性を実現することを禁じる。

 女性差別、男尊女卑の話からで、女性の方は不愉快ななようかなと思いますが、ここで言いたいのは生物学的に規定されていることと文化的に規定されているということは異なるということ。つまり、差別は文化の中で人が作り上げてきたものということですよね。社会構築主義の考え方ですが、非常に重要な視点だと思います。

まとめ:こんな人におすすめ

 ということで、サピエンス全史のブックレビューでした。進化心理学やっぱり面白いなぁ〜。点じゃなくて今ある社会的問題の多くが連続性の中で繋がっていくところが面白いですね。

 現代社会や文化、差別ということに疑問を持っている方は読むと視界が開けるような体験ができるかもしれません。そんな方におすすめです。

 それでは、本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。良い1日をお過ごし下さい♪

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